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snow contemporary
『風景映画《ひとつではない空》』2026
布施琳太郎 個展「タイムトラベラーのための展覧会」
会期:2026年5月22日(金) - 7月4日(土) 13:00 - 19:00
*日・月・火・祝日は休廊
会場:SNOW Contemporary / 東京都港区西麻布2-13-12 早野ビル404
オープニングレセプション:2026年5月22日(金)17:00 - 19:00

SNOW Contemporaryでは2026年5月22日(金)から7月4日(土)まで、布施琳太郎「タイムトラベラーのための展覧会」を開催いたします。

1994年生まれの布施琳太郎は、iPhone登場以降の急速に再構成される認知や慣習、新型コロナウィルスの感染拡大によるコミュニケーションのオンライン化などを踏まえつつ、現代社会における「生」のあり方を、自主企画の展覧会を中心とした作品制作やテクストの執筆などで表現してきました。美術史に限定されない濃密で斬新なリサーチとアイデアでつねに話題をさらうだけでなく、常に新しい形の切り口での作品発表をし続けているアーティストです。

一人ずつしかアクセスできないオンライン展『隔離式濃厚接触室』(2020年)、廃印刷工場でのキュレーション展『惑星ザムザ』(2022年、小高製本工業跡地)、個展『新しい死体』(2022年、PARCO Museum Tokyo) 、グループ展『ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?』(2024年、国立西洋美術館)などで立て続けに発表を行なう一方で、2023年には詩集『涙のカタログ』と批評集『ラブレターの書き方』を同時刊行。そして、シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]の2024年度フェロー成果発表にて「架空の水族園構想」「プラネタリウムにおける観測報告」「新たな美術雑誌の刊行」からなる『パビリオン・ゼロ』(葛西臨海公園、コスモプラネタリウム渋谷など)を発表しました。
2025-2026年には、ルーブル・アブダビ「Art Here 2025 Shadows」にて、代表作である日時計シリーズ『A Sundial for the Night Without End』を発表し、海外でも活躍の場を広げています。

本展は、布施が継続して取り組んできた「時間」の研究を基盤に、「時間のかたち」を具体化する試みとして構想されます。
日時計、風景映画、洞窟壁画に触発された新作によって構成される本展では、現代において変質した時間感覚と、その裂け目から立ち現れるもうひとつの知覚が、静かに重なり合います。
かつて私たちは、太陽の運行によって一日を知覚していました。朝が訪れ、夕暮れが沈み、再び夜が明ける。しかし現在、スマートフォンやSNSのタイムラインは、天体とは異なる周期で「いま」を生成し続けています。時間はもはや、「過去、現在、未来」という直線的な秩序だけでは捉えきれず、「偶然性」や「アテンション」によって絶えず更新されるものへと変化しているのです。

本展で布施は、その知覚を「タイムトラベラー」という存在として提示します。
春分の日、作家は世界中のライブカメラを通じて、地球一周分の日出と日没を24時間かけて観測しました。太陽が地平線に触れる瞬間だけを追い続けるその行為は、時間が流れるというよりも、静止した無数の「いま」が折り重なっていく感覚を浮かび上がらせます。この記録は、約24時間におよぶ風景映画として展示される予定です。また、本展において日時計は、「1日の消失」を測るための新たな時計として提示されます。風景映画は地球各地に散在する「いま」の断片として、洞窟壁画に触発された絵画群は、その時間を生き抜く身体の痕跡として立ち現れます。

本展は、スマートフォン以後の世界における、新たな「時間のかたち」を立ち上げようとする試みです。
その再発明の場とも言える展示空間において、私たちは時間を「測る」のではなく、ただそこに在るものとして、あらためて時間という概念に出会うことになるでしょう。

本展は、映像作品1点、平面作品2点、日時計作品1点で構成される予定です。
布施の時計の再発明と実践における新たな時間概念との邂逅を、是非ご体感ください。



*アーティスト・ステートメント / 布施琳太郎

深夜24時を過ぎたときに「1日」が終わるのだと、心から信じたことがあっただろうか。太陽が昇り、沈み、もう一度朝が来る。しかし私たちの時代には、眠らない通知が画面を光らせ、夜を終わらせず、天体の運動とは別の周期で更新されるタイムラインを表示するスマートフォンがある。Instagramのストーリーズはそれぞれの24時間を数えては消え、BeRealは任意の瞬間を「今日」の代表として呼び出し、無数のアプリがそれぞれ異なる1日を生成する。また新しいニュースが届いてポケットのなかが震えた。

これは「時間」についての展覧会である。タイムトラベラーのための三種類の新作——日時計、風景映画、洞窟壁画に触発された作品群——が発表される。

本展の準備は、私的なタイムマシン研究からはじまった。しかし考えを深めるなかで、関心は「時間移動の装置としてのタイムマシン」ではなく「周囲と共有できない時間を経験するタイムトラベラー」へと移動していった。そんな研究と制作は、ひとつの批判意識に基づいている。

現在の政治的かつ経済的な管理体制が、空間ではなく時間にもとづいていること。ひとびとの生は見えないアルゴリズムによって管理されている。労働も、恋愛も、政治活動も、すべてが透明なシステムによって駆動され、計測され、同期させられる。それぞれの「いま」は経験するものではなく、生成されるものになった。

タイムラインのスクロールを止めることはできない。タイムラインという時間のあり方は、いわゆる時計とも、心のなかを流れる時間の持続とも異なる。それは「過去、現在、未来」のなかに「偶然性」と「アテンション」を組み込んで時間を再編していく。タイムラインこそが世論を形成し、投票行動や経済活動、文化実践までを変化させていったことは周知の通りだ。1日という単位なんて重要じゃないみたいに、アルゴリズムによって生成された「いま」のなかで私たちは同期し続ける。

だから春分の日(3月20日)に「世界中のライブカメラによって、地球一周分の日出と日没を24時間かけて観測する」という非公開アクションを行った。太陽が地平線に触れる瞬間だけを追いかけながら、日出と日没を見続けた。時間が流れているというより、静止したままの「いま」が折り重なっていくようだった。タイムトラベラーの知覚を表現できる手応えを、たしかに感じた。このアクションは約24時間の風景映画として展示される。そこでは世界がひとつにつながっているのではなく、互いに異なったままバラバラであることが示されるだろう。

タイムラインに対して、タイムトラベラーは同期できない現在を象徴する。僕はここに芸術の役目を見出している。観客ではなくタイムトラベラーをつくるための芸術実践。それこそが僕がやりたいことだったのかもしれない。2010年代に「孤独」の重要性を論じ、ひとりずつしかアクセスできないウェブページを会場とした展覧会『隔離式濃厚接触室』をつくり、詩を書いて、みんなで船に乗ったり、海や星を見たり、あるいは交渉して工事直前のビルで展覧会をつくったり、絵を描いたりしてきた。それと地続きにも思える。

しかし確実に違うのは、「時間のかたち」を具体化したいと思っていることだ。ストーンヘンジやピラミッド、そして世界各地の日時計が、宇宙の原理としての「時間のかたち」をモニュメント化したように、本展ではスマートフォン以降の世界で変質した時間を、もう一度、模型や映像や絵画として立ち上げようとする。日時計は「1日の消失」を測るための模型となり、風景映画は地球のバラバラの「いま」を映し出し、洞窟壁画に触発された絵画は、その時間を生き抜く身体の痕跡となる。これは、既にある時計とは異なる、新しい時計をつくる試みである。すべてのタイムトラベラーのために、いま僕は制作をしている。



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