河口龍夫「関係―鉛の郵便」
会期: 2018年6月15日(金) - 7月14日(土) 13:00 - 19:00
*入場無料/日・月・火・祝日は休廊
オープニングレセプション:6月15日(金)18:00 - 20:00
アーティストトーク「向こうからやってくること 鉛の郵便を糧に」:6月15日(金)18:30 - 19:30
会場:SNOW Contemporary
SNOW Contemporaryでは2018年6月15日(金)から7月14日(土)まで、河口龍夫による個展「関係―鉛の郵便」を開催いたします。
河口龍夫が「関係―種子」シリーズを最初に発表したのは1982年。当初、河口は植物の種子を銅で覆う作品を制作していました。しかし1986年のチェルノブイリ原発事故後、銅に代わり放射線を遮る鉛を用いるようになりました。種子を放射線から保護し永続的に残したいという作家の意思が働いたのかもしれません。チェルノブイリ原発事故と同年に河口は、「関係―種子」(1986)において170種以上の種を鉛で封印しました。その後、「関係―種子・農園」(1987)、「種子の食卓」(1988)、「関係―種子・櫛」(1988)、「関係―種子・鉛の畑」(1989)、「関係―本」(1990)、「関係―種子・花のために」(1990)、「関係―鉛の温室」(1990)などの作品を展開し、種子と最初に出会った場でもある食卓や書籍、櫛、植木鉢、ついには種子を収める温室まであらゆるものを種子と共に鉛で封印しています。
この度発表する「関係―鉛の郵便」シリーズは、「関係―種子」シリーズが集中的に制作された1988年から1989年の間に44点が制作され、近年まで未発表だった作品群となります。本展は、良く知られている「関係―種子」シリーズを、新たな視点から再考する貴重な機会となります。是非ご高覧下さい。
■河口龍夫 / アーティストステートメント 「<関係―鉛の郵便>をめぐって」より抜粋
この作品は〈関係―種子〉シリーズの延長線上にある作品とも言えなくもないが、郵便の持つ社会性と認知された形式をはじめから持っていることが大きな相違点である。したがって作品であると同時に郵便物に違いない。
手紙を郵送するためには封筒が必要である。封筒は通常紙であるが、この封筒は紙ではなく鉛でできていることが極めて特徴的であるとともにこの作品にとって重要なことである。また、手紙のかわりに種子が封入されていることも際立った特色である。そのことは言葉で伝えることができないことを、つまり言葉を超えたことを伝えるために、鉛の封筒に封入された種子を、あたかも「言葉によるメッセージ」を超えた、「メッセージの物質化」そのものにしょうとしているかのようである。鉛の封筒に貼られた切手は、当時封書の切手代金が60円であったので60円切手が貼られている。あるいは空想の切手として鉛の切手が貼られているものもある。
この〈関係―鉛の郵便〉は実際に送付することもできるであろうが、これまで送付されたことがない。「見る郵便」となっている。〈関係―鉛の郵便〉に同封されている種子は、成長することができれば食すことができる野菜や果物の他に、花の種子が含まれている。〈関係―鉛の郵便〉の送付先は、現実にはあってはならないし、送付されることがあってはならない郵便として制作された、言わば願望としての「幻の郵便」である。何故なら、命の宿る種子の送り先が紙の封筒では危険で要をなさない事態に遭遇している村や町や都市で、緊急事態が起こっているからである。原発事故による放射能漏洩事故である。さいわいなことにこの〈関係―鉛の郵便〉は使われることなく放置されていたのであった。だが、残念なことにまさかのことだが我々が暮らす国日本で3.11が起こってしまい、地球の自然を汚染してしまった。放置されていた〈関係―鉛の郵便〉を見る機会が訪れてしまったとも言えるのである。
いまだに3.11による帰還困難区域が存在する。ここにこそ〈関係―鉛の郵便〉に封印された命の種を送付する必要があるのだろう。だが、肝心の〈鉛の郵便〉を受け取る関係者である人が不在である。 やがて、未来のどこかの時点で〈関係―鉛の郵便〉は、人が住めなくなってしまった地球への「置手紙」になってしまうのではなかろうか。
2018年3月1日
会期: 2018年6月15日(金) - 7月14日(土) 13:00 - 19:00
*入場無料/日・月・火・祝日は休廊
オープニングレセプション:6月15日(金)18:00 - 20:00
アーティストトーク「向こうからやってくること 鉛の郵便を糧に」:6月15日(金)18:30 - 19:30
会場:SNOW Contemporary
SNOW Contemporaryでは2018年6月15日(金)から7月14日(土)まで、河口龍夫による個展「関係―鉛の郵便」を開催いたします。
河口龍夫が「関係―種子」シリーズを最初に発表したのは1982年。当初、河口は植物の種子を銅で覆う作品を制作していました。しかし1986年のチェルノブイリ原発事故後、銅に代わり放射線を遮る鉛を用いるようになりました。種子を放射線から保護し永続的に残したいという作家の意思が働いたのかもしれません。チェルノブイリ原発事故と同年に河口は、「関係―種子」(1986)において170種以上の種を鉛で封印しました。その後、「関係―種子・農園」(1987)、「種子の食卓」(1988)、「関係―種子・櫛」(1988)、「関係―種子・鉛の畑」(1989)、「関係―本」(1990)、「関係―種子・花のために」(1990)、「関係―鉛の温室」(1990)などの作品を展開し、種子と最初に出会った場でもある食卓や書籍、櫛、植木鉢、ついには種子を収める温室まであらゆるものを種子と共に鉛で封印しています。
この度発表する「関係―鉛の郵便」シリーズは、「関係―種子」シリーズが集中的に制作された1988年から1989年の間に44点が制作され、近年まで未発表だった作品群となります。本展は、良く知られている「関係―種子」シリーズを、新たな視点から再考する貴重な機会となります。是非ご高覧下さい。
■河口龍夫 / アーティストステートメント 「<関係―鉛の郵便>をめぐって」より抜粋
この作品は〈関係―種子〉シリーズの延長線上にある作品とも言えなくもないが、郵便の持つ社会性と認知された形式をはじめから持っていることが大きな相違点である。したがって作品であると同時に郵便物に違いない。
手紙を郵送するためには封筒が必要である。封筒は通常紙であるが、この封筒は紙ではなく鉛でできていることが極めて特徴的であるとともにこの作品にとって重要なことである。また、手紙のかわりに種子が封入されていることも際立った特色である。そのことは言葉で伝えることができないことを、つまり言葉を超えたことを伝えるために、鉛の封筒に封入された種子を、あたかも「言葉によるメッセージ」を超えた、「メッセージの物質化」そのものにしょうとしているかのようである。鉛の封筒に貼られた切手は、当時封書の切手代金が60円であったので60円切手が貼られている。あるいは空想の切手として鉛の切手が貼られているものもある。
この〈関係―鉛の郵便〉は実際に送付することもできるであろうが、これまで送付されたことがない。「見る郵便」となっている。〈関係―鉛の郵便〉に同封されている種子は、成長することができれば食すことができる野菜や果物の他に、花の種子が含まれている。〈関係―鉛の郵便〉の送付先は、現実にはあってはならないし、送付されることがあってはならない郵便として制作された、言わば願望としての「幻の郵便」である。何故なら、命の宿る種子の送り先が紙の封筒では危険で要をなさない事態に遭遇している村や町や都市で、緊急事態が起こっているからである。原発事故による放射能漏洩事故である。さいわいなことにこの〈関係―鉛の郵便〉は使われることなく放置されていたのであった。だが、残念なことにまさかのことだが我々が暮らす国日本で3.11が起こってしまい、地球の自然を汚染してしまった。放置されていた〈関係―鉛の郵便〉を見る機会が訪れてしまったとも言えるのである。
いまだに3.11による帰還困難区域が存在する。ここにこそ〈関係―鉛の郵便〉に封印された命の種を送付する必要があるのだろう。だが、肝心の〈鉛の郵便〉を受け取る関係者である人が不在である。 やがて、未来のどこかの時点で〈関係―鉛の郵便〉は、人が住めなくなってしまった地球への「置手紙」になってしまうのではなかろうか。
2018年3月1日
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